まるふくさんの☆おっちゃん☆ブログ 2008年10月 現在の閲覧者数:

まるふくさんの☆おっちゃん☆ブログ

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委員長タイプの続き

 ご隠居予定者様。コメントありがとうございます。 読者が減っているようで。。。やはり、直前も今頃になるとあきませんな~。 少し寂しい思いをしておりましたが、コメントを頂き、勇気100倍であります。
 最近は、なんか変なコメントしかついて来ませんからね~。いっぱい来るし。。。  ・・・で、来て欲しいコメントは来ない。。。 辛いもんです。ほんとありがとうでした。
 でもさあ~。ご隠居予定者って~??? まあ、判らんでもないけどさ。ちょこっと、早くないかぃ。。。 陰の支配者じゃなくて、思いっきり前に立つ機会もあってもいいと思うよ。 最終年度になるんやからね。いつも話してるけど、ほんと期待してますよ~~。。。

 ・・・ということで、本題。。

 わたし的には、大別すると、(A)全部自分でしようとする「おらおら型」と(B)人を上手く使うことが出来る「依頼型」の二つの大別できると思ってます。
 さらに、(A)の①②③の3タイプに分類します。(B)もさらに3タイプ。。
 一つずつ、解説します。
(A)
 ① 何でもかんでも自分で動かなければならず、あまり相談せずに、自分のやりたいこと、方法で、突っ走ろうとし、今までのやり方や、人の助言に耳を貸さず、あくまで自分を奉じて動く。しかし、人間力があり、人を魅了する術を知っており、一種のカリスマで人を引っ張る人。
 このタイプは、これで良いとは思います。しかし、これはあくまで、すでに培われて形成されてしまっている個々の人間としての魅力や、知名度、その他、いわゆる、この時点では、先天的な財産にたよって委員長をするので、一年間は、無事終えられても、必ず、壁がやってきます。そして、JCとしては、事が起こらなければ起こらないほど、自分自身の成長はあり得ない。。。そこが、欠点です。
 ② 何でもかんでも自分で動く。しかし、その動きが綿密で、網の目が細かい。。人がなかなか気づかないところまで、目を光らし、一見完璧なまでに計画を立てる。本人的には、そうでもないかもしれないのに、人からみると、「この人は、ものすごい努力をして、時間もかけて、こんな計画したんだろうな~」って、思う。そこで、助けてやらな、あかんと思う人と、あいつに任せといたらいけるやろう~と言う人に分かれる。
 このタイプも、活動そのものは、立派にやり抜くし、委員さんとも、ある一定の人とは、良い関係が築けるけど、やはり、これも、努力はあるにせよ、その人の性格であるとか、今までの仕事の仕方であるとか、どちらかというと先天的なものに頼って運営している感は拭えない。つまり、成長はの速度は遅いかも。。。
 ③ 自分で動こうとするけど、何をどうしたら良いか判らず、何も進まず、結局、最後は、役員やら、委員さんに助けてもらう人。であるのに、委員会をしても相談もせず、人に話すのがじゃまくさいとかって、思ってる人がいた。それでも人気があればまだいいけど、そういう人当たりとか、①②のような先天的ものの薄い人は、潰れる。。
 これは、JCというものを理解してないから。。。例えば、総務委員長になって、人を使うことも出来ないし、かと言って、自分で全部できる職務でもないしね。そんな時は、役員に頼るしかないのに、それも出来ないとすると、ちょっとしんどいよね。この③のパターンだけは、なって欲しくないので。。。
 だた、このパターンから、見事復活を遂げた人もいるからね。だって、JCでは、みんなほっとかないから。。。何かと世話やくしね。何とかしてやろうと、叱るしね。時には、怒鳴る。
 ただ、そのことを謙虚に受け止めてくれるかどうか。。そして、自分のためになると思って頑張れるかどうか??それのみが、鍵だと思う。
 
 総じて、Aタイプの人は、理事会や会議でペンペンにイカレタ方が、良い。先天的なことに頼って、一年間を過ごすのは、自分の力試しにはなっても、JCの理想とする人づくりには、遠く及ばないのだから。。。

 ・・・長くなりそうなので、Bタイプは、今度にします。・・・続く・・・・
 
 ところで、一昨日夕方4時頃だったか??川東の方にすごい虹が出たの知ってる???すごかったよ。ものすごく大きかった。。
 旭町の方から、保津町くらいまで、差し渡し5kmくらいの完全な半円形を描いてた。そう20分くらい続いたかな?それで、見てるとね。なんと、2重の虹。。
 きれいかったぁ~すごかったし。。。 思わず車停めて、ずっと見てました。
 最初は、一重。大虹 10.29 002①
 昨日ね。うちの近所の80いくつのおじいさんがその虹の話をしていた。「80年生きてきて、あんな虹みたん、初めてじゃ~」ってさ。そんなにすごかったんだなあ~。
 二重の虹大虹 10.29 008②
 良いものを見ました。見れてないみんなにも、ちょこっとおすそわけしますね。。。

 歴史的な虹を見た。 この虹みたからね。きっとみんなの夢は叶うよ。絶対
ブログ見てくれてる人だけの大特典だわ。わたしにしたら、うれしいこっちゃ
みんなの夢が叶えばね 
 大虹 10.29 008①圧縮この虹歩いて、登って行こう
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委員長のタイプ別解説。

 なんか、ブログネタも無くなってきたんだけど、 逆に、このブログもあと少しで終わるし、、、、、まだまだ「少しは熱いぞ直前ブログ」やからね。
ネタない時は、JC論を語ろうと思いました。 前回を読み返してね。そう思った。。。 まあ、ちんけなもんでしょうけど。。。

今日は、「JCの委員長のタイプ別解説」と銘打ってみました。このシリーズ。すぐ終わるかもしれんし、忘れるかもしれん。年寄りは気ままなもんです。そん時は、お許しを~です。
・・で、仰々しいタイトルをつけましたが、あくまで、わたしのJCライフに照らしてのわたし独自の理論ですので、全部正しいことはないので。。。読み物として、読んでね~

 さあ、本題。まずは自分の解説。わたしは、2000年から2002年まで、3回の委員長経験があります。まず、一年目は、拡大交流委員長。副委員長は西田貴久。前号にも書いたけど、わたしは、何でも自分でしようとする委員長でした。最初の事業、新年祝賀会では、全部自分で段取りして・・・。副委員長の貴久君でさえ、内容の細部は知らなかったんじゃないかな??全部自分で段取りして、自分で動いて・・・。で、あかん、出来ん・・・と思ったことだけ、副委員長や委員さんに頼んだ。。
 実際、その方が早いし。。。それにご存知のように2000年は、3つの実行委員会があったような、ある意味、ひどい年で、一々、委員会に相談なんてしてたら、時間なかった。。。ちょっと言い訳やけど。。
 で、結果この委員会はどうなったかというと。。。みんな、頑張ってくれたよ。一回も穴空ける事無く、クリスマスまで、やれた。。 ファミリー例会も、FT予備講座も修了セミナーも。。。メモリアル例会もね。でもでも、彼らにJCの楽しさを伝えられなかったかもしれないと今でも思う。なんせ、自分自身が必死やったもんで、しゃーないけどね~。余裕も何もなかった。。。 JC楽しく感じてなかったんでしょうと思うのは、会員拡大が、5名しかできなかったこと。会員拡大って、委員さんが自発的に動いてくれるようにならんと、ダメなんやわ。彼らにJCの喜びを伝えられてなかったから、動かんかった。。。会員拡大不調の引き金を引いたのは、わたしかも、知れんのですわ。。。 やから、拡大拡大って言ったけどね。
 この一年を言い表すとしたら、「おらおらリーダー型」っかな?直球一本勝負
 
 2年目は、社会開発委員長。副委員長は、小泉良之先輩と、奥村現理事長。室長が井上昌啓先生で、副理事長は、桂川孝裕大先生。。この年はこの年で、社発の事業総括の立場だったので、やっぱり、自分が絵を書かないといけない立場。。。 だから、室長、副理事長と話して話して、形を創っていった。だから、どちらかと言うと、委員さんに相談すると言うより、上との協議の仕方を覚えたというか、相談して形の決まったものを、委員会に落として、意見を聞く中から、より良いものを創り上げたとう感じかな?? 
 ただ、職務柄、他委員会の委員長さんとは、強力にタッグを組めたし、その中から、えられるものが多くて、結果として、各委員さんのやりたいこととか、委員会で決まったことを、曲げずに理事会を通してきたことで、まとまりが出来、「委員長。委員長」と、今でも呼んでくれる先輩が出来ました。
 まあ、今は、いいけど~~去年。理事長してる時でも、「委員長っ!」って呼ばれたので、困りましたがねぇ~~。・・・新年例会に来て、「委員長、頑張れよ~」はないっすわmm。よそのLOMの人が見てるっちゅうねん。。。 ありがたいことですけど。。。
 そうやって、一生懸命計画している姿をみんながみてくれて、一緒にやってくれたんやと思う。。この一年なら、「人情派リーダー型」だなあ。

 3年目は、未来づくり委員長。。さすがに委員長職にも馴れ、原案を腹にしまいながらも、委員会会を運営することが出来ましたよ。 もう既に出来上がってるものをお腹にしまい込んで、みんなのやりたいことを取り入れて、創り上げる。。。こちらの思いを落とすんじゃなくてね。みんなの意見を聞きながら、上手く、自分の思っている方向に持っていく。。。そうされてる委員さんは、自分の意見を通してくれたと思うから、張り切る!!こんな良い循環がもてた、一年間でした。 まあ、だれでも、3年もやれば出来ることですがね~。 今はなかなかそうはいかないから、大変ですね。ほんとにそう思う。。
 3年目の委員長の時がやはり、一番上手くいったような気がしてます。だた、下に対しては、上手く運営してるのに、上とはいつも対決姿勢でしたね。 1年目の歯向かうとか、叛逆するみたいなんじゃなく、筋を通して、盾突いている~みたいな。。 ご迷惑をかけました。またまた、鈴木伸也先輩が理事長やったわ~。こわ~
 でも、おかげで、下には、行け行け!って言って、上には、責任を取れる、リーダーとしての最低限度のことは、勉強でき、わたしの原型になったような気がしてます。
 この一年を言い表すと・・・「複合バランスリーダー型」とでも言いましょうか?まあ、当然のことながら、委員長としての完成形に一番近いです。

 わたし自身のやり方の変遷だけでも、これだけある訳です。次号では、わたしの感じる委員長タイプを判別していきたいと思います。実名出たら、ごめんね~~。あくまで、わたしの分類だからね~。
 ・・・・続く・・・・

方針

 昨日は、室長会議ごくろうさまでした。今朝になって昨日だったんだと気づきましたわ。 08年度さえも、なんか遠くに感じられる今日この頃です。少し悲しい現実です。
 09年度の会議では、委員会運営方針の真っ盛りらしいですね。運営方針って、一年間の指針だと簡単にいいますけど、なかなか難しいですよね。 わたしにも、苦い思い出と感謝することがあるので、ちょっと昔話をしたいと思います。

 わたしは、2000年。初めて理事にしてもらいました。当時はメンバー数、90数名。新任理事だけでも確か選挙で8名当選するような時。個人的には、親父が死んだ明くる年の理事選挙。それで通して頂いて。。。
 拡大交流委員会を任せて頂いたのだけれど、その年まで、拡大と交流が一緒になった委員会は無かったから、誰の方針も参考に出来なかった。・・・で、自分なりの考えや、理事になるまでの数年間で、JCに対して抱いていた、疑問点やら、不満やら、改革しなアカン点やら。。。。そんなんを中心に据えて、論文調の文章を書いた。しかも、最初に提出したのは、A4が2枚。2枚に渡る文章を書いて出した。。。そら~怒られましたわな~~。。。なめとんか~ってね。でも、その時の自分的には、委員会の職務が2つの委員会分になってるんだから、2枚ないと書ける訳がない~と思っていた。
 そんで、最初から、コテンパンにイカレタ。。 で、一枚にすることに。。。しかし、今までの人たちは、1委員会の職務を1枚の紙で書いてられたのだからいいけど、なかなか1枚にまとめるのは難しかった。。
で、なんとか、一枚に収めようと、知りうる漢字。言いまわし。ことわざでもなんでも使って。。。非常に難い、批判的な、今から思えば万人にはわかりにくい文章を書いて、提出。。。もちろん、本人的には、完璧だと思っていたけど。。。

 果たして、審議の理事会。難しいとか、判りにくい・・・とかのご意見を頂きながらも、何とか、採決を取って頂けるかな~と言うところまで来た時。。。忘れもしない。。。実名だけど、鈴木伸也先輩。。。
当時は、何かの室長やったかな?
 「~~下さい。・・・て漢字で書く必要あるんか? 必要不可欠って書いてるけど、普通に必要だでええんとちゃうか?」・・・ここまでは、良かった。。。その後「だいたい、かっこつけつけすぎやねん!!!お前の文章は、クドイねん!!!お前の文章は独りよがりやねん!!!お前の文章は、訳わからんねん!!!」って被い被せた。。。
 大体、司法書士の井上昌啓先生はよく分かるって言ってくれてるのに。。。あんたは、国語力がないだけとちゃうのん???
当然わたし。。。このやろう!!と思いつつも、必死に答弁した。どんな風に必死になったかと言うと、
余計難しい言葉を使って、余計わかりにくく、答弁したように思う。「このどアホ!!!漢字も読めんのけいな??アホちゃう???もう一回、中学からやり直したらええねん!!!」って思いながら・・・。
ほんまに腹たった。。。 因縁つけやがって~と思ってた。だって、もう内容は大多数の人には理解してもらってた自信あったから。。。なのに、鈴木伸也だけは、バカだ~って。。(鈴木先輩ごめん。後を見ててね~)

 で、3年委員長させて頂いたけど。。。委員長って、いろいろあるねんな~。。委員さんから責められたり、上からは叱られたり、(わたしの場合、どつかれたり、蹴られたり~)ある時は「お前にはついて行けん!」って啖呵きられたりね~。
そんな時、方針見直したねん。。そんで、やっとあることに気づいた。。。 自分こそが、大バカだったことに。。。
 なるほど、その文章は、修辞零句を重ねて、今でも出来自体は悪いとは思ってない綺麗な文章。自分的にはたくさん書いた方針の中でも、今でも実は一番好きだけどね。。。でも、違うんですよね~~。
 委員会という、小さいグループのリーダーでも、リーダーやねんな~。やっと気づいた。僕の書いた文章は、独りよがりやったってことを。。。
 だって考えてみるとわかる。。。社会では、東大の出身者から中学もろくに出てない人までいる。
つまり、わたしなんかより、文章の上手い人もいっぱいるねん。逆にこどもがわかるような文章を書かないと理解できない国語力しか持っていない人もいるんだということ。。。その人は、国語力は無くても、わたしなんかより、優れたことをいっぱい持ってられる。。
 なのに、わたしは、独りよがりの文章を書いて、折角すごい人間力をもっておられる人たちに方針を理解してもらうことが出来ず、上手く運営できないでいる。。。
 そりゃ~。組織のことや、人のことを考えずに、自分で思ったこと、自分が書きたいことをのみ綴るなら、国語力のまま、自分の好きな文章は、書けるに決まってる。
 これ、まだJCやから救われるけど。。。なんでって、組織があったり、室長やら、副理事長やらがいてくれて。。。守られてるから。。。。実社会なら、完全にチ~ンやんね!
 そのJCの中でさえ、たったの一人だったとしても理解してもらえないと言うのは、やっぱり、自分が未熟なんだという、恐ろしいほど、ハッキリとした証拠なんです。
 後から思えば、鈴木先輩は、そんな漢字は読めたでしょう。「~下さい」やで。。。そんなん読めるよな~。それを勝手に腹たって~~。 バカはわたしです。 完全に。。。
あえて、わかりきってるのに、そんなことを教えてやろうと、「おまえの文章はくどい」って言ってくれたんだと思ってます。
 
 わたしは、今でもそのことに感謝しています。ほんまにわかりやすい文章を書けるかどうか?ということは、今でも挑戦してますし。。。なにより、人にわかる文章もろくに書けない奴が、人に気持ちの伝わる話やスピーチが出来る訳ないもんね。
 わたしたちは、まちのリーダーを標榜するんだから、自分の視点や視線で見える場所に安住して文章や発言をしていたらダメだよ。。。 メンバー全員に、亀岡の人全員に、そして、日本、世界中の人たちに理解してもらえるような発言と発信をしていかなければならない。
 
 理事長所信が、社是なら、副理事長所信(方針らしいね)は、コンセプトであったり、達成水準の明示。委員長運営方針は、各部所の事業達成に向けての方向性と実際の目標値の明示。そして、どの文章だろうと、最後にわたしたちは、どこに行こうとしているのか?その場所に行ったら、どんなに良いことがあるのか?という夢を明示し、一人残らず、理解してもらい、夢を共有することできることが、リーダーたる資格の第1要件だとわたしは今、確信をもって思う。

 JCってありがたいところや。31歳の小生意気なガキを訳のわからんことをわざと言って、気づかせてくれた、偉大な先輩方に感謝。。。であります。ありがとう。

お祭りのなはし。。。

 25日の土曜日のは、亀岡まつりでしたね。。有名ではないけど、走田神社もお祭りでした。。。 前にも書いたことあるかもしれんけど、亀岡まつりの祭神は、東町の鎮守、鍛山神社。こちらは、西の町の鎮守、走田神社。この2つの神社は基本的に同格であります。延喜式内社といって、大変歴史のある、そして、格の比較的高い、神社なのであります。
 ただ、亀岡まつりに関しては、町衆のみなさんが、自らの財を持ち寄って、素晴らしい文化財を保持しつつ、その意気込みとそのパワーで守り発展させて来られてます。ほんと、その取り組みには、頭の下がる思いであります。 今や、東と西の祭りは、恐ろしく差がついてしまいましたが、もともとは、そうだったんです。同格なんですわ。。。
 これって。。。西のまちの住んでるもんとしては、なんか悔しいねんね~~。。。 決して負け惜しみを言うつもりではなくてね。元々は、北町と安町の間の緑橋(京都銀行亀岡支店のところ)で、両神社の神輿が対決する、喧嘩神輿が行われていました。明治の初期頃までらしいです。。
 元々、武士の町で支配階級が暮らしていた、東の町。そして、被支配階級(農民、商人)が暮らしていた、西の町(走田街地)。一年に一回。西の町の人たちは、支配階級に対して、対等に絡むことのできる機会として、この喧嘩神輿を真剣に行ったそうです。そして、その突撃を助ける為に、わたしの得意な太鼓のリズム。。祭囃子が出来上がったのだと。。。

 今、亀岡まつりは、京都府外からも注目されるようになり、市外から多くの観光客もおいでになるような、そんな「まつり」へと生まれ変わってきました。ほんと、亀岡市民にとっても、うれしい事で、益々発展していってもらいたいと心から願っています。
 そんな時、この「喧嘩神輿」って面白くないかな~?とわたしは思うんですがね。上手く復活させて、上手く宣伝したら・・・。例えば。「丹波の喧嘩まつり」・・・とかね。。 そんな風に走田祭りにも亀岡まつりのためにもなることって、やった方がいいと思いません??? 一年に一回。。少しはお金もかかるだろうけどね~~。。景気づけやん~~。 「喧嘩神輿のまち」とかって、また一つ、ランドマークが出来るかも知れんやん??ってよく声はかけるんですけどね。。。・・・・実際は、東町の人からは、「なんぼ金かかっとると思ってんねん!!」って叱られてばかりいますけど~~。
 わたしが言いたいのは、そうじゃなくて、何もほんまに喧嘩せんでもええやん~~???と思うんですがね。。いつの日か、そんな仲立ちを出来ないものかな~と、ずっと、チャンスを伺っていきたいと思ってます。

 24日金曜日は、亀岡まつり宵山でした。奥村理事長は、すごいね~。いつも唄は上手いけど~。
聞いた時には、すぐピンと来たけど~。他の出演者より上手かったよ~。亀岡まつり 012①

 実は、わたし、何も知らずに、あのステージの敷地内にいたんですよ。なんか若い衆がたくさん来るな~??なんで??と思いながら。。。
 果たして、奥やんが歌ってるのはビックリしたわ~。目立ちたがり屋でもなんでもいいわ!そうやって、まつりにトップ自体が、参加してることは、とっても大切なことやと思う。
もっともっと、みんなに宣伝したら、よかったのに~と思うくらいですよ。わたしも、知らんかって、驚いたけどね。。その辺、奥やんのおくゆかしさ~なんかいな??
 入選「鍬山宮」

 ・・・で、何故、わたしがそこにいたかというと、亀岡若衆会で、亀岡のまつりを結集した冊子を配るブースにいました。亀岡まつり 006①
 この冊子、市内の30箇所の神社のお祭りを結集させて、紹介してる冊子です。まさに亀岡若衆会の傑作!7000部作成しましたので、興味ある方には、お配りしますよ。なにせ、7000部。。。まだまだ、残ってますからね~。

 ・・・ということで、25日は、走田まつり。。。交代要員がおらず。。。一日、太鼓を打ち続けて。。。 ある意味、とっても楽しかったんですけど。。。トラックの上で一升近く飲んで~~mm。最後は単なる酔っ払い~~の太鼓打ち~だったような気も。。。 でも、言い訳するとね~~。(言い訳すんなって??)・・・太鼓ってね~。酔っぱらって身体中を使って、リズムに乗って叩かんと、一日、保つもんかよ!ってなもんなんですよね~。・・・それに、お神酒・・・やしね
昨日から、まだ、今朝も~~両腕に恐ろしく身がいっている、わたしくでありましたとさ。
・・・でもでもでも。お祭りは、ほんま、楽しいわあ~    Image077.jpg

留守番

 今、留守番をしているので時間があるのだ。。。ということで、もう一回、お付き合いを。

  現在の金融危機は1929年の世界大恐慌の再現ではないか、とノーベル経済学賞に決まったクルーグマンなど多くの人が指摘している。ところが、現在のブッシュ政権は当時とは、全く逆の政策をとっている。
 1929年にはアメリカでは株価が暴落し、証券会社がバタバタと倒産したが、そのあおりで、証券会社を子会社として持っていた銀行がつぶれ、預金者が大損害を受けた。
 そこで大恐慌のあと大統領になったルーズベルトは銀行証券業務を兼営してはならないという法律を作った。戦後、日本もこれを導入して銀行と証券を分離した。
 ところが、今回の金融危機で、アメリカをリーマン・ブラダースをはじめ、大手の証券会社(投資銀行)が破綻した。そこで、ブッシュ政権がゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなどの証券会社を銀行持ち株会社に移行させ、メリルリンチにバンク・オブ・アメリカに合併させるという政策をとった。
 そうなると。株価が暴落すれば銀行が倒産し、預金者が損害をうけるということになる。
ルーズベルト政権が預金者保護のために行った銀行と証券の分離に逆行するこをやっているのが今のブッシュ政権である。(京都新聞コラム引用)

 日本でも銀行が国債や投資信託を顧客に売るようになって、銀行が証券業務を行うようになっているが、銀行に奨められて投資信託を買った人が株価大暴落で今、大損害を蒙っている。
 わたしの身近にも、そのままの人がいて、実例を知っているけれど、全く、どうよって感じである。今から、前のことをいっても仕方ないけど、日本の小泉の劇場型政治に踊らされた国民は、結局しっぺ返しにあっているということを気づかないといけない。
 何でもかんでも自由化。アメリカ型の競争社会の到来。日本が本来持っていた良くできた経済構造そのものが、破滅してしまった。結局のところ、実態のない失業率の低下や、実態のない、株価の上昇。一見、バブル崩壊以後、最高の景気を保ったように見えていた経済も、一瞬にして瓦解した。これは、経済そのものに実態がなかったからに他ならない。
日本人が本来持っていた、勤勉で公を重んじる、恥の文化。もったいないの心。そんなもの全ての崩壊を決定的にした5年間だったとわたしは思う。
そもそも、日本はモデルとする国が間違っている。日本は、有史以来でも2000年の歴史がある。その中で、戦国時代や、明治維新など、世界に類のなうような大革命を成し遂げて、今があるのである。明治には、国家の礎を世界に求めた。岩倉具視以下の欧州使節団は、2年の歳月をかけて、欧米諸国を歴訪し、国を富ますこと、そして、法治国家としての日本のカタチを創り上げた。今、アメリカのみに依存した、経済構造が如何に危険か。もとより、建国わずか数百年の国に何の文化も、何の思想も、何の社会観もないし、建国の成り立ちが違う。欧州の一部の寄せ集めが、北米にやって来て、原住民らを圧迫しつつ、自分たちの自分たちによる自分たちにとって都合の良い国家を創り上げただけのそんな国なのだから。

 支持政党とか、支持する人とか、そんなことは、もちろん問う必要もないけど、ただ、言えることは、来るべき衆議院選挙には、わたしたち国民は、必ず、おかしな選択をしたら、しっぺ返しをくらうという認識と、自覚のもと、有権者全員が自己責任のもと、もっともっと真剣に考えて、投票をすることが必要だということをもっともっと訴えていかなければいけないと感じる今日この頃である。
 そうすることは自らのためだけでなく、結局は、社会全体のためになるんだから。

誰か教えて~

 明日は、お祭りです。 だいぶ、お祭りモードに入ってきたわたくしであります。
 しかし、よく雨、降りますなあ~。もうあがるのかな~?3日降ったもんね~。明日は、なんとしても晴れて欲しいです。 天気予報はよさげ・・ですが。。

 あ、そうそう。タイトルに戻らないと・・・。

 今朝、7時半に出勤して、一番に、栄養ドリンク。チオビタを冷凍庫に入れました。わたし、出勤して、いつもまず、事務所を開けます。そんで、工場長がいる時は、工場は開いてますが、いないときは、わたしが開けます。
 で、今日は、事務所のみを開けました。すぐに、生ぬるいチオビタを冷した訳であります。その後、8時前に社員が出勤して来て、8時に朝礼。一言話をして、まだ、事務員が来てないので、事務所の番が、わたしの仕事。。。ところが、今日は、電話とお客様が相次ぎ、今の今まで、冷凍庫に入れた、チオビタをすっかり、忘れていたのだ。
 もう、1時間20分くらい経ってるよ。「しもた~。もう凍ってるわ~」と事務員さんに言いながら、冷凍庫を開けると・・・・果たして~~。。。。
 「あれっ???凍ってない。。。よかったあ~。そやけど、冷凍庫あかんのちゃうん???1時間半やで~」と言いつつ、持って出てきた。これなら、美味しく飲める・・・・・と・・・・一瞬で凍りだしたやんか??????ええっ???なんで?
 結局、シャーベット状に瓶の中一面がなってた。。チオビタシェークやん。。。
 
 そんな事ってあるんですかね~~?????なんで、冷凍庫の中にある時に凍らずに、外に出たら凍るのだろう???なんで~~???
 さっきまで、ガチガチに近いくらい凍ってた。。。もう溶けたけどね~。なんで~?誰か教えて~!!

 ・・・と言いつつ、今、ゴクッと飲み干して、さあ、お仕事しましょ。。。
今日、いい事がありますように。。。まずは、雨あがってくれたら~だね

宵々山

・・・宵山の「山」って、こう書くのか??よく知らんけど、パソで変換したら、こうなったので、間違っていたら、ご勘弁を~です。

 みなさんは、特に本年度、次年度連続で、理事のみなさんは、ほば、毎日ほどJCがあるんでしょうねぇ~。ごくろうさまです。 かく言うわたくしも、そうだったしね。今はそんなもんやし。。。今こそ、今年の締めくくりと、次年度の構想をしっかりとして欲しい。。。せっかく頑張った一年がええ加減におわりたくないでしょ。。「終わりよければ全て良し」ということわざもある。逆に「一年の計は元旦にあり」とも言う。今は元旦じゃないけど。。。でも、その元旦に向けて、どうするこうするの計画を準備する時。。
元旦に計画をしてたら遅い。 だから今なんですよね。。がんばれ~~~と心から、応援してます。

 ところで、本日は、亀岡まつりの宵々山です。25日は亀岡まつり。山鉾巡行。今年は、わたくし、亀岡若衆会に所属していることもあって、亀岡まつりの起こりとか、変遷とか、現状とかを勉強する機会に恵まれ、このまつりの本質というか、何なのかということが、少しはわかるようになったので、今までとは少し違う感慨を以って、10月25日を迎えるような気がしています。
 今日、明日は、亀岡若衆会で、いさみ寿司前で、パンフレットを配布するブースを設営します。大変よく出来た、冊子ですから、(自分で褒めたらあかんかな?)、お越しの際は、是非、お立ち寄り下さいね。天まで届くアホの中だわ先輩と一緒にお出迎えいたします。
 
 我が、余部町では、25日。走田神社の例祭です。今年もわたし、お御輿にでます!お祭り大好きなもんで。。。また、今年も、朝8時から夕方5時過ぎまで、先導の太鼓打ちです。 一日終わると、手のひらなんかは、ボロボロになりますけどね。でも、とっても、とっても面白いんですよ~。。
 なんかね~。調子に乗るっていうか。。。身体中にリズムが生まれてきて、自分の身体や腕ではないような気になって、叩きまくるんですわ。。楽しみ楽しみ。
 それに、ずっと太鼓を教えてきた、こども達のこども御輿も出ます。その先導車では、こども達が、余部こども太鼓を叩きます。今年は、大人神輿とこども御輿が同日開催なので、さらに気合を入れてます。

 わたしもそろそろ、お祭りモードに入って来ましたが、まつりって、大切だと思うんです。地元で一年に一回。普段、わたしなら、ツナギ姿でいるおっちゃん。。。また、スーツ姿しか見ないおっちゃん。
うろうろしかしてないおっちゃん。そんな人たちが、キリリとハッピ姿で、鉢巻まいて~。男らしく、神輿を担ぐ。。。また、それを、応援する母親がいて。。。お年寄りがいて~~。
 そんな姿を見て、こども達は、地元に執着と愛郷心を抱く。。。そして、そんな地域には、いじめも犯罪も起こりっこないんです。
 ただ、最近は、まつりの姿が変わってきた。 自治会の割り当てで、仕方なしに順番で出てきて、ダラダラと歩く。 神輿を担ぐどころか、少しでも楽をしようとする。。。 そんな神輿では、こども達を感化することなんて、出来ない。。どころか、悪影響を与えるのがオチですよね。

 そんな祭りの姿を少しでも、ちゃんとしたくて、若衆会やってます。まだまだ、序の口ですけどね。。。
いつの日か、祭りの姿を本来のものにしたいと心から思ってます。
 ・・・ということで、わたし自身、そんな風に地域のこども達にかっこ良い姿を見せる責任がありますからね。太鼓の先生である手前もあるし。。。手がどうなろうと、力一杯叩きまくります。絶対に

 こんな不況の時だからこそ、景気づけせんと。。。さわやかに、力強く、そして優しい、まつりを頑張りたいと思います。。とっても楽しみです。
 余部町、安町、河原町、常盤町、北河原町の全域を回ってます。市役所も行くし、ガレリアも行くし、保津川団地も、城西小学校にも行きます。。。みなさん、見かけたら、お声かけ、下さいね~。

早かった、一日。

 FT修了セミナー。よかったですね。FTメンバーはよくやりましたね。委員会もよくやりました。 一日が、とっても早く感じましたよ。
 ・・・で、みんなええ顔をしていたので、写真集で。。。

 緊張の幕開け・・・FT修了セミナー 001①

 新入会員のみんなが作ってくれた、昼食。・・・おいしいおでんだったあ~
FT修了セミナー 017①
 食事の時間は、緊張せんもんな~FT修了セミナー 019

老体に鞭打ち。。。下から2人で登ったよFT修了セミナー 023①
山の上は、紅葉が始まってる??秋真っ盛りです。FT修了セミナー 026①
ポイント地点で、みんなを待ってた3人。FT修了セミナー 034①
お前は。。。なにもの?FT修了セミナー 028
やっと登って来たぁ~FT修了セミナー 040①
急に振られて、しゃべれないって!FT修了セミナー 046①

 これ誰???(・・おまけ・・)FT修了セミナー 069①

 思い出に残る、スピーチになるね~FT修了セミナー 114①
いよっ!番長!FT修了セミナー 027
 さすが、永遠の若手?やねFT修了セミナー 087①
 今日は、やけに、真剣ですFT修了セミナー 092①
 彼もか。。。どうした?FT修了セミナー 090①
 二枚目やね~三枚目になるらしい。。FT修了セミナー 093

 木曽君。ちょっと、渋めの男前!FT修了セミナー 119①

 修了証。もらえてよかった。バンザ~イFT修了セミナー 124

 これで、もう、FTではないね。 一人前の会員として、挑戦し続けて、頑張って下さいね。期待してますよ~。 みんなおつかれさまでした。

明日は、FT修了セミナー

 明日は、FT修了セミナーということです。張本委員長さんから、朝から最後まで参加して下さいとの厳命がありましたので、老体に鞭打ちつつ、なんとか、最後まで、見届けたく思っています。
 是非とも、新入会員は勿論のこと、担当委員会、そして何より、理事メンバーの力によって、素晴らしい一日にして欲しいと思います。一日って言いますけど、一日以上の重みがありますからね。新入会員にとっては・・・。

 ちょっと、思い出話にお付き合い下さいな。。。

 わたしは、96年入会。そんで、2000年に初めて理事にして頂きました。委員会名は、拡大交流委員会。西田貴久君が副委員長、担当室長は、内藤一徳先輩。副理事長は、たしか、中野恵二先輩。
 よく話してるけど、その年は、亀岡JC20周年、そして、ブロック会員大会が同年開催で、それはそれは、大変な年でありました。
 2~6月頃までなんか、実行委員会が3つも立ち上がって。。。酷い時には、週に3回の別々の会議体があった。 あ、理事会入れたら・・・ね。
 周年のPRやら、会員大会はLOMの事業総括をさせて頂いてたから、PR。京都府下、12LOM×2回。。。ほとんど、全部行った。それだけでも、24日いるやん。重なってたのもあるけどね。。。
そんなん、3~5月なんて、たぶん、一日もJC休んでませんわ。 社会人になって、この時ほど、仕事しなかったことは、なかった。。日本国民の義務である、勤労を全く果たせてなかったという、妙な実感がある。
 そんで、おまけに初理事のくせに、日本JCと京都ブロックのダブル出向してた。。。単なる、おバカでしたけど。。。・・・・・PS:そんな真似は、せんでいいよ~。そん時は、自ら、JCバカだったのを認めるわ。
 都合3年間、LOMの委員長をさせて頂いたけど、一番印象に残っているのは、初理事の時の新年祝賀会。智恵熱で倒れたしね。 そんで、次いでは、FT修了セミナーかな??やっぱり、一年目の委員長で実施した事業って、印象深いもんです。
 当時、FT修了セミナーは、前期と後期の2回実施することになってまして、計画から実施まで、ほんと大変でした。そんな中、前期の修了セミナーは、日吉町の山の家の宿泊。
 一日目は、ずっと座学で、理事メンバー全員のお話。すごい緊張感の中、開催したことを覚えています。あ、わたしは勿論、理事メンバーも新入会員もですけどね。
 そんで、夜は、敷地内で、バーベキューで夕食。ONとOFFの効いたよい会でした。我ながら・・・。 で、夜中は、祇園に行く人。亀岡まで帰ってきて、飲む人。。。いろいろおりまして。。。。
 わざわざ、日吉の山の中に隔離して、みんなを閉じ込めてやろうという、わたしの企画は、全く無に帰した訳であります。 当時の中村博成総務委員長さん、井上昌啓総務室長さんを始め、祇園に出て行った人たちは、朝6時過ぎに帰って来たらしい。亀岡組は、3時前だったかな?
 でも、朝は、早起き。 日吉の山に登るオリエンテーリング。。事前に委員会でコースを設定していて、それを新入会員を入れた、組で時間差を持ってタイム競争。勿論、負ければ、罰ゲーム。
 みんなクタクタになりながらも、完走してくれましたよ。しかも、全力で。。。 勿論、担当委員長のわたくしは、かの偉大な先輩方に、「あほか~、ええ加減にせんかい~」って、怒られ、しばかれ、或いは、蹴られ。。。 でも、文句言いながらも、その方々が一番、頑張ってくれました。そら、寝てないからね~。ヘトヘトだったでしょうよ。
 で、終わったら、みんな目の輝きが違いましたね 妙な連帯感というか、仲間意識というかね。わたしは、交流委員会の一つの目的を達せたと思いました。勿論、FTさんも含めて。。。

 今年は、一日での開催です。日帰り開催も良いです。わたしも後期は、そうしましたし。。。
ただ、FT修了セミナーだけは特に特に、是非とも、ONとOFFの差をハッキリとさせて欲しい。。。
適当に研修やって、適当に交流して・・・ってのだけは、絶対に避けて欲しいと思っています。

 わたしは、いつも言ってるけど、個人的にFT事業が大好きで。。。予備講座も修了セミナーもね。なんか、いいですよね。新入会員と理事メンバーがともに研修するって。。。新入会員は勿論、それに、教えなければいけない、理事メンバーも、ひょっとしたら、もっと緊張するねん。。。だって、自分たちの次を担う人を創るんやから。。。めったなことは、言えんし、めったな行動はできんもん。・・でしょ。JCを本気でやってる人ほど、その緊張を味わえる。。そんなもんです。FTの時ってねそんなもんなんです。
 新入会員は、座学で勉強して、理事メンバーとのふれあいで、勉強して。。。そして、JCの一員になる扉を開く。。。理事メンバーは理事メンバーで、真っ白な新入会員たちのキャンバスに、下手な色を付けられないと思い、緊張して、参加する。そして、語る。。。で、結果として、みんなが前向きになる そんな、好循環がFT事業には、あるはずです。

 是非とも、そんな事業を行って頂けるよう、心からお願いを致します。その為には、理事長始め、役員一同が、気を引き締め、臨んで欲しいです。年寄りの杞憂だと、怒られそうですけどね。
 また、一面、一年以上頑張ってきた、理事メンバーには、一種の慰労会的な側面もあると思います。FTをだしに。。ですけど。 だからこそ、ONとOFFですねん。是非とも、期待しております。

 ちなみにわたしの入会した時の修了セミナーは、楽々荘でして、一日目の座学の時の席の配置は、驚くなかれ・・・・。 理事会スタイルのコの字に理事メンバーが座った、そのコに字に中にFTメンバーが座って、一日。。。。。 中にいる新入会員は、微動だにできなかった。。。きつかったよ~。
朝は、5時おき。勿論、3時ごろまで飲んで~だよ。おまけに、最後は、作文を書いて、修了セミナーの合否を決定された。。なんと、ここは、体育会系そのものじゃあ~と思ってた。でも、それがあったからこそ、今があるんだよね。ありがたいことです。ある意味、そんなきつい、そして、逆から言うと、そんなバカみたいな設えを貫いてこられた先輩方に、心から、敬意と尊敬を今、感じています。

 みなさんの健闘を期待します。そして、わたし自身、楽しみに参加させて頂きますので、どうぞ、よろしくお願いします。

日本アワードセレモニー(褒賞発表)

 10月10日の金曜日。12年半の長いJC生活の中で、初めて出席をして来ました。
勿論08年度が、日本JCに褒賞申請してくれたおかげです。行けてよかった。 ありがとうございました。

・・・と言うのは、昨年、07年度でこれも初めて、褒賞申請特別会議なるものを組織の中におきました。この狙いは、言うまでも無く、褒賞を取る事自体が目的ではありませんでした。
では、何故?ということになると、少々ややこしいのですが、一言で言うと、亀岡青年会議所の肥やしになるから。。であります。

 京都ブロックにしても、日本にしても、褒賞をとれる事業ってね、今、JCとしては、どんな事業がタイムリーかっていうことと、どれだけの下積みがあるかってことと、これから、将来、どんな展開が望めるかってこと。それに、規模(動員数や、立地条件)。そして、何より、事業目的が、流れに沿っていて、やったことが、その目的に合致しているか??などなどを問われるわけですよね。その一番のポイントは、今後の展開が望めて、市民意識変革運動の和をどのように広げていけるか?また、そのためにどのような計画の下、事業が実施されたか?に尽きるような気がしてます。
 一昨年、ブロックの褒賞審査員をさせて頂けたからこそ、わかったことなんですがね。ほんと、おかげさまです。
 言い換えれば、褒賞を取れるような事業は、今現在のJCのなすべきこと(あくまで、日本JC的に・・・ですがね)が、全部詰った事業だってことだよね。

 わたしの持論ですが、日本JCも地区もブロックも、勿論、地区やブロックは日本の下部組織である訳ですけど、その3者は、全て基本は、LOMの為に存在していると思っています。ブロックなんかは勿論のこと。地区や日本JC本体でさえ、全国各地のLOMが支えている。出向者なんかを送り出してね~。まあ、日本だけは、国際青年会議所としての職務がはっきりとあるから、少しは意図が違うけどね。いずれにしても、各地のLOMからみれば、日本の為とか、ブロックの為とかいう議論が最初から無い筈なんだよね。本来は。。。
 で、亀岡からみてみると、自分のLOMのためになることなら、日本にブロックに協力してもいいということになる。出向者のスキルを高めてくれたり、今のタイムリーな流れを知るきっかけになったり、或いは、スケールメリットを活かす場であったりね~。 角度を変えて言えば、亀岡のために、日本さえも利用せなあかんのですわ。ある意味、ずるく、ならなあかんねん。

 こんなこと言ってると、日本JCやブロックに怒られそうですがね。もう今は怒られないっか。。。 実は、褒賞特別会議を持った理由がこれでした。つまり、LOMの肥やしにする為に、ブロックや日本の褒賞申請を利用させてもらうつもりだったんです。
 わたしは、昨年、議長をやってくれた、村田文秀君(今は、先輩じゃね)に、申請書を作成するにあたり、「うそ付け、うそ付け」って、やかましく言ってました。勿論、ぜんぜん、やってもいないことを申請する訳にはいきませんけどね。ここの「うそ」とは、嘘ついて、賞をとれ~という意味ではないです。
 実際やった事業について、ここは、こうだったとか、こうしたら、良かったとかね。そういうことって、いっぱいある。そして、やった後だから、それに気づくねん。それを大切にしようということ。。それを、よりよい形で検証し得る最高の機会だと思うから。。。

 日本やブロックで褒賞を取れる事業って、どんなんなんだろうなあってね。みんなで考えてみること。
それが、一番大切なんです。褒賞申請しようと思えば、みんな、最近どんな事業が賞をとってるんやろうって、調べるよね~。・・・そんで、自分とこでやった事業が、こうあるべきだったんだって、判ってくるよね。
 もっとこうせんとあかんかったなあ。来年からは、こうしないとアカン。。。とかね。 それに、申請書をまとめる作業は、議案を書く練習にもなるしね。ポイントがわかるようになる。
 だからこそ、村田君の下に当時の副委員長ばかりを集めました。実は思いのいっぱい詰った会議体だったんです。

 ところが、昨年は事情で日本に提出できずに、悔しい思いをしていたのを、今年が晴らしてくれたって訳です。 まして、自分が理事長だった時に行った事業を申請してるんだしね。ちゃんと見れて良かったです。 ありがとう。宮津の有吉君も、「そら、直前としては、当然やね~」って、言ってくれましたよ。
 
 今年現在。日本の褒賞に申請しているLOMは、京都ブロック内では、4LOMだけ。京都、宮津、京丹後。昨年は、3LOMだったらしいから、亀岡が加わったってことだと思う。 まだまだ、ひよっこで~。。。行ってみて初めて判ったことばかり・・・。
 残念ながら、ノミネートされなかったけど、いつの日か、必ず、グランプリを取れるようになると思う。
京丹後さんは、部門賞をとった。素晴らしい。京都さんは、ノミネートが2事業。宮津さんも、昨年はノミネートされたらしい。そんな優秀な京都ブロック内の各LOMの先輩たちに追いつけ、追い越せそれを追い越したら、グランプリはもう見えてるんだ。
 そして、毎年毎年、そんな風な関わり方を日本と持っていくことで、日本JCの流れや運動の方向性をしっかりとLOMメンバー全員が理解できる日が来ると思う。そして、日本JCがもっともっと、近い存在になった時、この亀岡も、委員長、そして役員を輩出できようなLOMになっているとわたしは、信じています。

 ただ、勘違いして欲しくないのは、いくら日本の考え方だといっても、それが、絶対正しいということはない。なぜなら、その組織の性格が違うから。。。
 日本には国際会議所(NOM)としての使命があり、亀岡は、亀岡の取り組み方がある。亀岡の社会変革運動のやり方が必ずある。それを導き出す為にも、日本の褒賞申請を続けて、それが、何たるかを、メンバーみんなが知っている。。。そんな、LOMになっていってもらいたいと願っています。

以上、アワードセレモニー出席記でありました。。一つの思いを晴らしてくれた、アワードセレモニーでした

お帰りなさいませ。全国大会Ⅱ

 お帰りなさい。岡本君からお礼メールが入ってましたけど、よいご旅行をされたようで、本当によかったです。卒業生のみなさんみんなが、それぞれに、JCをやってこられた証ですから、素晴らしい思い出になったなら、本当によかったと思います。 もう一回。。

 お帰りなさい。

 それでは、前回のパートⅠに引き続き、パートⅡをいってみますね。韓国旅行に関しては、また、誰か、写真とか見せてね~~。。

 土曜日の大懇親会。渡辺美里のコンサートまで書いてました。大懇の会場は、ほんまに広い会場で、すごかった。聞くところによると、全国大会自体は、1万5千人の登録だったとか。。その半分がきても、7千5百人。すごい人数です。
 その後、大懇親会会場の近くの、ホテル水春楼さんで、宿泊。LOMナイトでした。日本出向の5人の皆さんのお出迎えではありますが、この日は、それを踏まえた上でも、卒業生のみなさんを中心によい会が開催されましたよ。
 設えも良かったと思います。法貴委員長以下メンバーのみなさん、ご苦労さんでした。
 
 それでは、写真集で・・・
 卒業LOMナイト、始まります。全国大会 109⑯
5人とも、ええ顔です。全国大会①
一本締めも、いつもと違い、少し寂しかった。全国大会③
さあ、2次会だぁ~。
堤特別顧問さん、ごくろうさま。全国大会 133②
渡辺君のこんなん見た事ある?全国大会 141④
卒業生の面々もくつろいでるねえ~。全国大会 142⑤
全国大会 143⑥
気持ちよさそうです全国大会 160⑦
日本の輪!ですかな?全国大会 169⑧
若手もご苦労さん。全国大会 173⑰
あれ??オカモは何してる??・・・○○納めかぃ?全国大会 184⑱
お、関取っ!やっぱし、つおい~全国大会 200⑨

ここが、浜松アクトシティ フォーラム、委員会等のメイン会場でした。全国大会 213⑭

3kmほど、離れた浜松アリーナが卒業式の会場。その前で待つ、彼らは、中に入れなかった。
席とり、本当にごくろうさま。全国大会 211⑲

わたしも、入れなかったけどね~。実は、最後に忍び込んできました。身体デカイけど、すばしっこいねん!!!全国大会 214⑮
フィナーレ全国大会 227⑩
やはり、卒業式は室内会場にかぎりますなあ~全国大会 235⑪

そして即座に、セントレア(中部国際空港)に移動。
面々は、旅立って行きましたとさ。

いい笑顔でしょ。。。行ってらっしゃい。
全国大会 250⑬
全国大会 251⑫

 もう、お帰りなさいでしたね。おかえり。




 

全国大会Ⅰ

 金曜日から、全国大会に行って来ました。。。
 今日は、金曜日から、土曜日の途中まで・・・という事で、一応、報告第1号です。

 ギリギリに着いた、アワードセレモニー・・・始めて行ったけど、感動的でした。
 亀岡も、どんどん、行って欲しいです。その理由は、また、話しますね。
 こんな感じ。。。全国大会 045圧縮
 何と、京丹後は、優秀賞を獲得されました。すごい~全国大会 050圧縮

 その後、宮津の有吉直前と、浜松オートレースに行って来ましたよ~。全国大会 064圧縮
全国大会 058圧縮
 これ、おもろい!!!!! へたすっと、競馬よりおもろいかも???という、2人の意見は、一致しました。
 そして、土曜日は昼からまた、行って来ました。・・・酷い目にあいましたけどね~。。。
 堤顧問たちや、正枝ちゃんは、委員会。セミナー。。。夕方に終わり、大懇親会へ~。

 卒業生のみんなは、もうベロベロでしたけどねっ!
 渡辺美里のコンサート。。。岡本君は、大ファンらしい。。。すごい人だった。。。
亀岡軍団。ノリノリ~です。全国大会 086圧縮

 どうだ、必殺、肩車じゃあ~。全国大会 101圧縮
後輩のみんな、ありがとね^。

 続きは、第二号に~。お楽しみ~~。全国大会 096圧縮

あと三回

 今日は、10月例会ですね。一昨日、北野室長から、お電話で、例会の出席と、懇親会の出席を頼まれてしまいましたので、今日は、フル出席します。(ごめんね~。。。ちょっと、人のせいにしたい季節なのですよ・・

 今年は、1年間例会で、ご挨拶をさせて頂けるということで、ほんとありがたいと思って、頑張ってきましたが、あと、3回ですね。例会挨拶は。。。
 早いものです。そろそろ、話す事ないなんて言ってられないわ。今日は、なんか、お小言いいます。 今から考えて~。・・・とは言うものの、ゆっくり考えてる時間はないかも。。。です。明日からは、浜松。
今日は、夕方に例会・・・なんて、余裕のない、スケジュールなのでしょ? まあ、ヒマなしに動かさせて頂けるということは、何も考えんでいいということで、充実してると思って、ありがたいこと~と思ってやりますけどね。
 もう最後の遺言やと思って聞いてくださいね。 もっとも、遺言は今まで、いっぱいしてきたけどね~。

 わたしは、アワードセレモニーに出席する為、明日から浜松に行きます。卒業生や、みなさんを浜松で待っていますので~。気をつけてお越し下さいね~。
 あかん。。。時間ない。。。 今日は、この辺で~。後ほどお会い致しましょ。

 

久々の司会でした。。。

 昨日は、商工会議所青年部の創立35周年記念講演会の司会をさせて頂きました。自分で司会してたので、今日は、写真ないです。

 亀岡青年会議所からも、岡本副理事長、溝行専務理事、西脇室長、山本副委員長と4名ものご出席を頂き、本当にありがとうございました。 お忙しい中、すんませんでした。 お礼申し上げます。
 おかげさまで、一般、諸団体含めて約180名くらいのご参加を頂きました。 創立35周年事業を無事開催できたこともそうですが、わたくし、担当の研修委員会だったもので、みなさんから、よくやった、よくやったとお褒め頂き、誠にありがたい事でした。
 正直、JC的に言うと、それほどでもないのかも知れませんがね。 そう言いながらも、褒めて頂けたことは、ほんまに嬉しいことですし、35周年の節目をちゃんと務められたとしたならば、新入会員としても、こんなにうれしいことはありませぬ。

 ところで、わたくし、こういう会の司会って~。。。たぶんJC入会して1~2年目くらいに、例会の司会と、研修事業(当時は委員会事業が、いっぱいあった。。。)の司会以来、あれは、98年くらいやから、かれこれ、10年ぶり・・・・かあ まあ、歳もとるハズ。。。であります。
 何か、妙な緊張がありました。 もう、なんか、今となっては挨拶の方がマシ・・ですね。 挨拶もあんまし上手やないけどね~。それでも、まだ、その方がマシや~って、感じで。。。
 何回も噛んで噛んで~。 なかなか、上手いこと行かんモンです。それでも、褒めてくれましたけどね。 その上、先生が、ようしゃべる人で~~。司会のセリフを横取りしてしゃべるもんやから~~。
どこで、突っ込んでいいやら??まあ、汗 かきましたわ。。。もっとも、汗はいつもかいてますけどねん。。。

 何事も傍からは、簡単そうに見えてるけど、大変ですな。でもね、やっぱし。。。「大変」って、「大きく変わる」って書くでしょ。 そう!大きく変わるチャンスな訳で・・・・。大きく変われるチャンスを頂いて、ありがとう!ってね。思ったらいくらでも頑張れるよね。

 それにしても、とっても笑顔が素敵な先生でした。お客様には、女性の人が多いのにオドロキ やっぱし、ファンが多いんでしょ。 それに、ポジティブに前向きに、最後は、~させて頂いてありがとう!って、繋げることで、自分の人生が変わるということは、ほんとだと思いました。気持ちが変わるだけで、全部変わっていくもんね。

 直前さんも、また、一から、司会なんかやりながら、会員大会にも、初出場しながら・・・。やり直してますよ~。でも、2回目は、1回目と感じ方が違いますわ~~。そこが、おもろい

 もう一つ、一昨日の会員大会の綾部市長のご挨拶の中で、「グローカル」という言葉があるのだと聞きました。これは、読んで字のとおり~。「グローバル」と「ローカル」を合わせた造語なのですが。。。
 今はもう、ニュースにもなってる、イスラエルとパレスティナの親を戦争で失ったこども同士を日本に招いて、一緒に生活させたり、研修したりさせる中から、平和の心をもってもらおう、というプログラム。
ご存知かもしれませんが、亀岡でも取り組まれて、その時の情勢で中止なった、あの事業です。
綾部で始めて取り組んだものが、全国に、そして、世界に広がっていく。そして、いつの日か、その成果が、地元に大きなうねりとなって還元する。そんな循環のことを、「グローカル」と市長は、名づけておられました。なるほど~と思った次第でして、そんな発想とか、思いとかも、我々、亀岡で活動している青年経済人も、どこかに持つべきなんだなあ~と、改めて思いました。。
「グローカル」。。。なかなか、面白い、味わいのある言葉です

黒谷和紙

 4日の土曜日は、仕事の合間に、新保津橋の下で行われていた、水辺の学校の写真だけを撮りに行って来ました。 ほんの少しの時間しか居れませんでしたので、あまり良い写真はありませんが。。。中尾委員長、いつもご苦労様。歴史学校4 003圧縮
 こども達は、みんな楽しそうに走り回っていましたよ。草原の少年ですな歴史学校4 007圧縮
これから、バッタオリンピックらしい。何メートル飛ぶかな歴史学校4 018圧縮

 昨日の日曜日は、商工会議所青年部の京都府連会員大会が綾部であるということで、新入会員として、初めて参加してきました。
 流れはJCのそれと良く似ていて、最初に式典。そして、分科会。懇親会で終わるというものでした。
わたしは、分科会では、一番の人気だったという、紙漉き体験に参加。
 黒谷和紙の産地に赴き、紙漉き体験するという面白いツアーでした。せっかくですから、紙漉きをちょっと、説明しますね。
 ここの和紙は、この「こうぞ」という木の皮のみを使います。これが、こうぞの木青年部会員大会綾部 020圧縮こうぞ
 その皮を剥いて青年部会員大会綾部 029こうぞの皮剥き
大鍋で炊いて、そして、木槌で叩いてやわらかくし、細かい繊維にしたものを、水等と混ぜて、よくかき混ぜます。青年部会員大会綾部 035混ぜるここまでの作業がかなり、大変なようです。
 ・・・で、こんな風に、紙漉きするねん。青年部会員大会綾部 046紙漉き

 あと、色ツケして、青年部会員大会綾部 043色ツケ・・・もう一回、漉いて完成。 今回は、乾いたら、こちらまで送って下さるそうで~。。
はがき状の紙が8枚できるはずなので、わたしの力作が欲しい方は早めに予約してね~なんてね

 それはさて置き、限界集落での、伝統文化である、紙漉きを地元の方と、大学と、行政が一体となって、後世に残そうと、頑張っていらっしゃる事例を見学させて頂き、とっても勉強になりました。 綾部市の口上林地区で廃校になった、小学校の校舎を使っていらっしゃるので、27号線から、小浜に抜けて海水浴とかに行く時、いつもよく走った府道沿いですよ。機会があれば、お子さん連れとかで行かれても、結構楽しめます。ちょっとした情報で。。。
 しかし、まあ番長は、どこにいても番長です!態度でかい~青年部会員大会綾部 014圧縮
そんで懇親会では、こんな人とも会えました。。青年部会員大会綾部 050専務
いつも、爽やかです。直前競馬いこうね

 帰宅は10時前でしたが、とっても楽しい一日でした。 今週は、もう全国大会。10月例会もあるし。。
ああああああ~~。それどころでは、ない。。。。
 今日の青年部の公開例会の司会やった。・・・ちょっと、緊張してきましたわ~。

引退

 昨日、わたしたち、1967-68年生まれの、元高校球児の一つの時代が終わった。。。
オリックスバファローズの清原和博選手の引退の日。

 昨夜はわたし、露天風呂で夜中にニュースで見たんだけれど、23年間の現役生活に彼は別れを告げたところを、タップリとやってた。
 彼は、わたしと同級生。桑田、清原のPL学園と言えば、同時期に高校野球をやっていた者にとって、最大のライバルであり、最大の憧れであり、最大のシンボルだった。 まさに、ぼくらの青春の証と言っても過言ではないくらい。。。。それほど、彼はすごかった。今まで見たことがないくらいすごい選手だった。
 それから、プロに行く時、巨人に入りたかったのに、同僚の桑田がドラフト1位になり、彼は、大人の世界から裏切られたと思ったろう。西武に入団し、18歳の一年目から、31ホームランで、高卒ルーキーの本塁打記録を塗り替える。・・・とまあ、そんな偉大な奴と同じ高校野球をやれたことに、一種の満足感をみんな持ってたはずだ。
 その後の彼は、順調とばかりは行かない時期もあったけど、それでも、球史に残る偉大な記録と、記憶を打ちたて、昨日、惜しまれながら、ユニホームを脱いだ。
 その引退セレモニーや挨拶を見ていて、一種の感慨が沸いてきたことも事実である。でも、なんというか~スッキリしたわ~。何か変な話やけど・・・・ね。 清原が辞めたなら、もう、僕らの代表はいなくなったってことだからね。。一つの時代の終焉。僕らはこれから、もっとシッカリしないと・・・てな、事を思ったよ。 色々と考えすぎやけど。。そんな気がしたって話でした。。。

 そうそう。昨夜、すごい流れ星を見たもんね。朝の予感どおり やっぱりそんな良い日だった。気持ちってとっても大切ですな
 今日も、とってもよいお天気です。また少し新たな気持ちで頑張って行こう

  

台風一過(たいふういっか)

 素晴らしいお天気になりましたねぇ。ほんと久々に〜、なんと素晴らしい青空になったことでしょう まさに台風一過の秋晴れです。
 みなさんも、たまには、夜空でも眺めてみたら、いかがでしょ。。。 今は新月直後ですから、夜には、素晴らしい星空が見えるかも・・・です露天風呂も気持ちよさそう。
 まあ、秋になると、しかもこんなよいお天気だと、昼間も夜も何やっても気持ちいいよね。

 昨夜は、09年度の第一回理事予定者会議、無事に終えられたそうで、何よりでした。 先ほど、荒木予定者と話しましたが、順調にスタートされたようで、おめでとうございました。 みなさん、毎日忙しい日が、一月が終わるまで続くと思いますが、どうぞ、お体には気をつけられて、頑張って欲しいと心から思います。

 アメリカでは、何十兆円というような公的負担を議会が否決したことで、株の大下げがあったようです。 日本でもまたまた然り・・・で。。。今日は少し戻しているようですがね。しばらくは、みんな様子見になるのは、仕方ないやろうね。 この金融不安は底がないと言うような報道もされてるけど、何とか良い形で終息に導いて欲しいもんです。
 公的資金=つまり、税金を使うことは誰でも、気持ちの良いものではないけど。。。今は仕方ないよね。 今反対するより、そうなった元々の仕組みというか、誰かが、どこかで、無茶してるからこんなことになってる訳で、そんな無理に無理を重ねて、築き上げた経済構造自体が悪だということに、気づいて、正していかないと、ダメだよね。

 10月になった。今年もあと、3ヶ月。いよいよ第4コーナーを回って直線へ。 直前理事長の寿命もあと3ヶ月。 もう、JCで何をするという立場でもなくなってしまったけど。。。
 あと、数回の挨拶の機会やら、何かを伝える機会やら、そんな時に何を伝えられるかな?経済も政局もキナ臭いし、亀岡も勿論、景気よくないし。。。そんな時にJCやってるみんなは、大変だ。本気でそう思うわ。
 でも、逆もまた、真理なんです。 今こそ、みんなが励ましあって、お互いがお互いの支えとなれる、そんなみんなでいて欲しいと思っています。JCに入っていたからこそ、しんどい時を乗り越えられた・・・・ってね。 あとから思えるように。。。
 だから、08年度も09年度も、今が大切なんだよね忙しい時ほど、いいこともあるもんだしね〜
 

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Hideaki Fukui

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