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今日は前日準備

 今年で、12回目を迎える 亀岡こども相撲~亀岡場所~。12回なんですね~。
今日は、1時から準備ということですが、わたしも3時頃には、篠八幡に着きたいと思っています。
大なべとガスと、その他の準備をして、5時からは、買出し、調理の下準備をしていきたいと思っています。
 まあなにせ、うちは、班員が年寄りばかりでありまして。。。。。(ちょっと、若い衆もいてほしいもんですが・・・。まあ、こんなとこには入れんわな~)、それでも~明日に間に合うように準備をしていきます。

 ところで、確か1997年に第1回目を、亀岡市民体育館で行って以来、12回目になります。2月例会に来て頂いた、今井重憲先輩が、社会開発実行委員長として、社会開発事業(LOM統一事業)として、始められたのが、第一回目であります。
 その折は、わたくしも入会2年目でありまして、(時に29歳・・・・若い~~。うわぁ~。髪の毛もフサフサしてた)訳も判らんまま、先輩方と一緒に各小学校に訪問したり、校門にビラを持って、生徒の下校時間にビラまきをしたり、また、当日は、朝6時の集合に、起きられず、遅刻して行ったような記憶があります。
 当時、体育館での相撲だったし、こどもも確か250名程度の参加がありましたので、相撲連盟がお持ちの「相撲マット」なるものにて、競技をしました。0659.jpg
当時はまだ、優勝者を全国大会に連れて行くことは、出来ず。趣旨は、まちづくり、社会開発ですから、こどもたちに「ふるさと」を体感していただくということが大きかったのではないかと思います。

 第2回目からは、少し趣旨が変わったように思っていますが、場所を現在の篠八幡に移し、開催されました。確かまだ、2回目は全国大会切符は無かったように思ってます。・・・が、2回目からだったかもしれません。(PS:知ってる人、コメント待ってます!)ただ、ここで大きく変わったことは、①社会開発実行委員会組織ではなく、LOMのスケジュールに組み入れられて、担当委員会を置いたこと。
②それと、社会開発ではなく、青少年健全育成という趣旨に変わったこと。だと思ってます。
他に、③篠八幡で開催することで、地元の人達に運営のお手伝いをしてもらい、やがては、地元に大会運営をお預けしていくことを理想とする。というような、発想がありました。

 こどもの参加数は、80人、70人、60人と回を重ねるごとに減少し、4回目からは、それまで、3年生以上だった参加対象を1年生まで広げて、今の60名弱の参加者を確保している状況であります。
 近年は、高学年の参加者が減り、対応に苦慮しています。また、角界入りするこども達も排出したり、全国大会ベスト8までも進出できるようなこども達を育てられるようになった反面、いつも稽古している相撲クラブのこども達と一般の子たちとの格差があり、余計に高学年は参加が減っています。
 
 いつも行うアトラクションも、変わってきました。序盤は、USJジャパン招待チケットを出したり、宿泊券が出たり、モノでこどもを釣るようなことをしてきましたし、(まあ、バブルだったんだね~)、腕相撲、紙芝居なんかは、記憶に新しいね~。でも、どれも、会場にいる全ての親御さんたち若しくは、こども達を対象にしていたことは、確かで、参加者を10名とかに限定する、今年のやり方は、あくまで、ショーでしかなく、本来の相撲のアトラクションとしては、趣旨がおかしいと思っています。いずれにしても、是非盛り上げて欲しいですけどね~。
 
 また、立ち上げから、ずっとタッグを組んできた、亀岡市相撲連盟に関しても、3回目からは、実行委員会組織に入ってもらい、運営を進めていますが、運営面、金銭面、労力面、そして、思いの面(JCは社発的な意味や青少年育成の意図があるが、連盟は、相撲をしてくれるこどもが単に欲しい。また、全国大会に出るのが、目的。)の食い違いがあり、10回大会を前にして、10回を以って取りやめという議論で固まりかけたことも、ありました。
 しかし、そんなこともあんなことも、含め、こども達には罪はない。あの真剣な眼差しで、泣きながらひたむきに、相手に向かって行く姿を見るに付け、また、来年こそは、勝ちたい。。そんなこどもの素直な思いを思う時、わたしたちは、なんとしても、この大会を継続、発展させていかなければならないと、
わたしは、思っています。
 
 そんな意味でも、本年、直前、監事、そして、昨年度卒業生で組織する、炊き出し班が生まれ、そして、益々の発展を期して、今まで、闇とされていた、ちゃんこのレシピやその他を記録するという作業にも取り組んでいきます。
 そして、願うらくは、益々、OBも含めて、自然に運営に参加できるような機運を高めていくこともまた、ふるさとこども相撲~亀岡場所~の益々に発展と、そしてそのあかつきに、必ず、獲得することができる、JCとしての使命感、達成感。そして何より、こども達の喜怒哀楽の表情を際立たせることにつながるものと思います。

 亀岡JCにとって、とっても大切な、そして充実感を感じられる一日を目前に控え、張り切って頑張って行きましょう。
Dohyo_all.jpg


 ・・・・なんか、まとまりの無い文章になってしまったけど、このブログが、今後のメンバーのみなさんの知識の一部になることを願っています。
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コメント

ん〜、、、なんか福井君がコメントを書いといてくれ!って言ってたブログって、ここのことやんなぁ〜
子ども相撲が何時から全国大会に行ったんかって事を書いといてくれ!って事やけど、みんなにとってそんな事どうでもいい事やんなぁ〜、、、僕もそう思う。もし疑問に思ってる人がいるなら昔からの議案書をひっくり返してでも調べるやろうし、それでも解らんかったら、なりふり構わずいろんなOBに質問してくるやろうし、、、、、。。。。。
まあ、書いといてくれ!って事なんで書くけど
1年目の成り立ちは福井君が書いた事がほとんどやと僕も記憶をしてます。
2年目からは前年度の実行委員会事業からJCの内部事業に変わったことも福井君が書いた通りです。
ただ、97年に1回目の事業を終えた後、すぐに翌年から東京JCの行っている「わんぱく相撲」の予選としてエントリーする準備を進めました。
当時は各都道府県で予選会を実施できる地域は各2箇所と言う縛りがありました。(今も同様かも)でも、京都府で実施している地域(LOM)が京都JCただ1LOMだったこともあり、すんなりと「ふるさと子ども相撲〜亀岡場所〜」が「わんぱく相撲」の予選を兼ねる事ができるようになったようです。
もし、他に予選を行っているLOMが1つでもあれば、4年~6年で参加者が20名未満の亀岡場所なんて、すぐに却下された事でしょう。
それは今後も同じ不安として残ってきます。もし、どこかのLOMが予選のエントリーを行った場合、亀岡場所の規模について、すぐに東京JCから改善の指導が入ることは間違いの無いことだと感じます。
まあ、少し話はそれたけど、そんなこんなで、「わんぱく相撲」には1998年度から参加することになったとさ!!!

  • 2008/06/08(日) 17:15:15 |
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  • あげあしとり #-
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Hideaki Fukui

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